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父の納骨

父の納骨で、千葉の松戸の近くの八柱霊園に行きました。私の生まれた年に、7200円で買った、12平米の大きなものでした。木が3本植わっていて、それなりに太く、少しずつ育てていたんですね。ちなみに、今、同じお墓を買ったら・・・230万だそうです。BGMは、私のラジオが大好きだったので、それを流しながら、納骨しました。弟が、「お墓が用意してあって、おれたち、たすかったな、ねえちゃん!」と言いました。ま、私は、まっすぐ行けば、谷中の観音寺なんだけど、ね。春は、桜が、満開になるそうで、お墓をそれまでに、もっと楽しくメンテナンスしよう、ということになりました。都の霊園なので、余分な経費やしがらみはないので、父らしい人生のプレゼンテーションだなあと、感心しました。あの木に、クリスマス、ピカピカ、やっといたら、迷子にならずにいけそうなくらい、広い広い霊園です。公園って感じかな。お墓の中には、小さな骨壷があって、10歳くらいで亡くなった、弟・稔君もいました。父は、一度も、私には、そのことを、話していませんでした。人が、悲しんだり、つらくなるようなことは、全部、自分の中にしまっておく人だったんだなあと、改めて、おもいました。好きだった100パーセントジュースを2本、お供えしてきました。父の兄弟のおじさんとおばさんが来てくれて、元気だった頃のエピソード、聞けて、よかったです。母は、熱を出し、欠席でした・・・。もしかしたら・・・現実に向き合うことが、まだ、出来ずにいるのかもしれません。ひとつ、ひとつ、物事は、片付いていますが・・・心の問題は、そう簡単に片付かないから・・・ゆっくり時間をかけて、溶かしていきますね。

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コメント

私も今月末、40年近く机を並べていた同僚の納骨に行く予定です。彼女は死期が近づいた時、家の近くに墓地を買いました。お寺は幼稚園も近くにあり、子供達の元気な声も聞こえて・・嬉しいでしょう。友人の死を嫌が上にも実感する今日この頃です。

投稿: 梅 | 2006年12月10日 (日) 23時39分

あの世とこの世の境界線があるとすればお墓であろう。木が3本も植わっている広いお墓。改めてお父さんの偉大さを感じた。お父さんもようやく落ち着いて千の風の修行に励められる。
20数年前碁敵の友人が一人じゃ寂しいから一緒のところ買おうよ、隣にゴルフ場もあるから。と誘われ富士山が見える愛川町の公園墓地を買った。家からは車で一時間もかかる。そのときはまだおふくろが存命だったので内緒にしていた。余命告知を受けて我が家も俄かに墓地が話題になった。孫は色々相談行きたいけど遠過ぎるからもっと家の近くにしてよ。毎日行くから。と言う。バアチャンもそんなに遠いとしょっちゅう行けないよね。と同調。家からごく近くに出来た墓地から盛んに勧誘が来てその気になったが墓は転売できない。ことを知った。買う時いつか別のところを買うとき売れば役に立つだろう。と投機的な考えもあった。解約するには更地にしなければならないらしくお金もかかることも分かった。一人だけなら父母たちがいる安曇野に帰りたいがバアチャンは寒いし、おじいちゃんおばあちゃん以外誰も知り合いがいないから嫌だと反対している。結局は買い直す話は立ち消えになったままだ。どうなるだろう?お墓は浮世から少し距離があった方がいいような気もする。身辺整理の中でしておくべきか少し迷いがある。どうせ墓の中にジットしているつもりはない。千の風になってお父さん誘ってあちこちと吹きまくるつもりだから墓はどこだっていい。後のことは残ったものに任せることにしよう・・。
目の腫れもかなり落ち着いてきて気分もよくなった。サングラスかけて篠笛教室。院展、コスモス、郵便局の鉢の取替え・・・と決意。今日は忙しそう。

投稿: 篠笛 | 2006年12月11日 (月) 07時19分

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