パーソナリティーのささやき(6)
もうひとつの憧れの職業
小学年2年から高校2年までの10年間、放送委員だった。クラブも放送研究班で、朝・昼・放課後の番組を作り、放送室に入りびたっていた。文化祭ではリクエスト曲をかけてDJをやり、渋谷の街にインタビューに出たりもしていた。部長になった時は、後輩の指導のためにと、アナウンスアカデミーに通ったりもした。高2の秋までは、文系に進学しFMのアナウンサーになろうと、心に決めていた。そんなわけで・・・1本のメールから、今、パーソナリティになれて、その上に、自分の名前を番組名につけてもらえるなんて、一生に 一度あるかないかなのだから、夢のような話だと、おもっている。
自分の分野を、わかりやすく伝えていく、動物たちのささやきをみんなの心に届ける、そんなこの仕事は、もしかしたら、動物たちがくれたプレゼントかな。
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